旧軽井沢 雲場。豊潤な緑を纏いし本流の系譜。

高級別荘地として誉れ高い旧軽井沢のなかでも、ひときわ壮観な自然が息づく「雲場」。
四季折々の美景が広がる「雲場池」に程近く
またとない想いを叶える由緒薫る地に。

現地周辺航空写真

現地周辺航空写真

偉人たちに愛され、受け継がれてきた「離山」の麓。

karuizawa history

1888 明治21年

カナダ人英国聖公会宣教師A.C.ショーが
日本で初めての別荘を建てる。

1886年に避暑の為に初めて訪れ、軽井沢の気候と自然の美しさに魅了され別荘を建築。その後も宣教師の別荘建築が増えていった。

アレクサンダー・クロフト・ショー

アレクサンダー・
クロフト・ショー(国立国会図書館所蔵)

1886年に避暑の為に初めて訪れ、軽井沢の気候と自然の美しさに魅了され別荘を建築。その後も宣教師の別荘建築が増えていった。

1915 大正4年

雲場池周辺をはじめとした大規模な
土地開発により、別荘地として醸成。

大正初期、野澤源次郎が旧軽井沢西エリアの広大な原野を買収し、別荘地造成の他、道路、マーケット、ゴルフ場、プール、グランド、夏季大学講堂の建設などを奉仕的精神で行い、別荘地開発の第一人者として、富裕層に愛されるこの地の開拓に貢献した。

野澤 源次郎

野澤 源次郎
(国立国会図書館所蔵)

大正初期、野澤源次郎が旧軽井沢西エリアの広大な原野を買収し、別荘地造成の他、道路、マーケット、ゴルフ場、プール、グランド、夏季大学講堂の建設などを奉仕的精神で行い、別荘地開発の第一人者として、富裕層に愛されるこの地の開拓に貢献した。

1916 大正5年

別荘の建築が進み
高級リゾート地として広く知れ渡る。

大隈 重信(国立国会図書館所蔵)

大隈 重信(国立国会図書館所蔵)

1916年(大正5年)の区画整備に始まり、徹底したルールを設け、美しい街へと変貌を遂げた軽井沢は、理想的な別荘地として財界人や文学者らに愛される場所となりました。そして野澤と親しかった大隈重信侯が離山分譲地での別荘第一号のオーナーとなり、数寄屋建築の和館と大きな洋館が並んだ別荘は、軽井沢駅からも見えたため、軽井沢の名所の一つになっていたようです。当時の地図には、大隈重信侯別邸の他、徳川慶久公別邸、細川護立侯別邸などが記されており、その他にも尾崎行雄、新渡戸稲造、八田裕二郎、山本直良など、著名な政治家や実業家がこの地を好み別邸を保有していました。

1923 大正12年

「グランフォレストコート旧軽井沢雲場」敷地の
前身は早稲田大学グランド。

大隈重信侯の別邸前の広大な土地を早稲田大学が購入し、
学生達が野球などの練習ができるグランドとして活用しました。

大正12年に整備された早稲田大学グランド

大正12年に整備された早稲田大学グランド(現地前身)
出典:国書刊行会「軽井沢避暑地100年」

現地付近の地図(1930年)

現地付近の地図(1930年)
出典:古書りんどう文庫 軽井澤資料室

「グランフォレストコート旧軽井沢雲場」計画地内

「グランフォレストコート旧軽井沢雲場」計画地内※2018年8月撮影

※掲載の空撮写真は国土地理院撮影の空中写真(2015年11月撮影)にCG処理を施したもので、実際とは多少異なる場合があります。

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